荒野の真ん中で、仲間のEVが電欠寸前。そんな時、あなたの愛車が発電所に早変わりして、2台同時に充電できるとしたら? しかも排出するのは水だけ。そんな夢のような話が、トヨタの最新コンセプトカーで現実味を帯びてきました。
2025年11月、ラスベガスで開催されたSEMAショーにトヨタが持ち込んだのは、「タコマH2-オーバーランダーコンセプト」。一見すると武骨なオフロード仕様のピックアップトラックですが、その心臓部には水素燃料電池とバッテリーのハイブリッドシステムが搭載されています。最高出力547馬力を発揮する2つの電動モーターを持ちながら、走行中に排出するのは水蒸気だけという、環境性能と走破性を両立させた意欲作です。
第2世代のトヨタ・ミライ用燃料電池スタックが搭載し、フレームレール内に収められた3本の水素タンクには合計6kgの水素を蓄えることが可能です。水素と酸素を化学反応させて電気を生み出す燃料電池に加え、24.9kWhのリチウムイオンバッテリーパックを組み合わせることで、フロントに225kW、リアに188kWの電動モーターを駆動します。
電動パワートレインならではの瞬発的なトルクは、フロントのリミテッドスリップデフと、リアの電子制御ロッキングデフを通じて四輪に伝えられます。ツンドラの開発で培われたFox製高性能ショックアブソーバーを組み込んだTRDビレット長ストロークキットが、荒れた路面での優れた追従性とショック吸収性を実現。35インチのオフロードタイヤを履き、制動力もツンドラ用フロントブレーキにアップグレードされています。
このコンセプトカーの真骨頂は、その多機能性にあります。15kWの電力取り出し機能を備え、2つのNEMA 14-50アウトレットを通じて、同時に2台のEVを充電することが可能です。これは家庭用の電力をオフグリッドで賄えるほどの能力で、キャンプサイトで電動工具を使ったり、調理器具を動かしたりすることも余裕でこなせます。
バッテリーEV同士でキャンプに出かけた際、充電切れの心配があった仲間を救うことができる。これぞまさに「バディシステム」の精神です。電動化時代のオフロード文化において、この機能は大きな意味を持つでしょう。
さらに注目すべきは、特許出願中の排気水回収システムでしょう。水素燃料電池が水素と酸素から電気を生み出す際、副産物として排出されるのは水蒸気のみ。H2-オーバーランダーは、この水を回収・ろ過して、キャンプでの利用を可能にしました。
この水は蒸留水に近く、ミネラルを含まないため飲料水としては推奨されませんが、洗い物やシャワーには十分使用できます。水が貴重な遠隔地でのキャンプにおいて、この機能は大きなアドバンテージとなるはずです。走れば走るほど、使える水が増える。従来の内燃機関車では考えられなかった、まったく新しい価値提案です。
このプロジェクトを手がけたのは、カリフォルニアとノースカロライナのTRDエンジニアリングチームです。普段はNASCAR用エンジンの開発など、レース活動をメインに行っている彼らが、いわば空き時間を使ってトヨタのスカンクワークスとして機能し、ガソリンエンジン搭載のタコマを水素燃料電池の四輪駆動車に変身させるという難題を、わずか数か月で成し遂げました。
トヨタは、ガソリン車、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、バッテリーEV、そして燃料電池車と、あらゆるパワートレインの可能性を追求しています。その姿勢は「Powered by Possibility(可能性によって駆動される)」という今年のSEMAテーマに見事に合致しています。水素インフラの整備という課題は残るものの、このH2-オーバーランダーコンセプトは、水素がオフロード分野でも十分実用的であることを証明しました。
静粛性、パワー、環境性能、そして他者への貢献。これらすべてを兼ね備えた次世代オフローダーの姿が、ここにあります。