普通のコンピューターは、情報を「0か1か」で処理します。一方、量子コンピューターが扱うのは「量子ビット(キュービット)」です。量子の世界では、0でも1でもある状態(「重ね合わせ」)が可能で、さらに複数のキュービットが「もつれ合う」ことで、従来のスーパーコンピューターが何年かかっても解けない問題を、一瞬で処理できる可能性を秘めているんです。そんな漁師コンピューターを活用しようとしているのが、BMWです。

燃料電池車(FCV)の心臓部には、水素と酸素を電気に変える「燃料電池スタック」があります。そのカギを握る化学反応が「酸素還元反応(以下、ORR:Oxygen Reduction Reaction)」です。この反応を担う触媒には、現在も白金(プラチナ)が使われています。そしてプラチナは、全然安くない素材です。

もしこのORRのメカニズムをコンピューターで精密にシミュレートできれば、もっと安くて、もっと効率のよい代替材料を探すことができるのではないか、と着目したのです。ORR、量子力学的な性質を持つため、従前のコンピューターでは正確にシミュレートすることが事実上、不可能に近いんです。まるで将棋の最善手を全局面で計算しようとするようなもので・・・。

2023年8月、BMWグループ、エアバス、そして量子コンピューター企業のQuantinuumの三社は、量子コンピューターを使ってプラチナ触媒上でのORRを正確にモデル化した共同研究成果を発表していました。クルマ、ジェット機、量子コンピューターが同じ論文に並ぶという、前代未聞の“夢のコラボ”でした。使用したのはQuantinuumのHシリーズ量子コンピューターです。

この研究はさらに進化し、2024年には別の商業パートナーとも協力しながら、量子コンピューターを用いて触媒性能をシミュレートした世界初の成果として、科学誌「Nature」に掲載されました。ノーベル賞受賞者たちがしのぎを削ってきた材料科学の分野に、BMWグループが量子コンピューターを持ち込みNatureに論文を載せたのは・・・、これまた前代未聞でした。

そして先日(2026年5月5日)、QuantinuumとBMWグループは、量子コンピューティングを先進的な材料科学に応用し、未来のモビリティを切り拓くことを目的とした複数年にわたるパートナーシップへと、これまでの協力関係を正式に拡大しました。両社のコラボレーションは2021年から始まっており、基礎的なアルゴリズム開発から複雑な分子系の高度なシミュレーションへと進化させてきました。触媒活性、反応経路、エネルギー関連環境での材料性能に関する知見が積み重ねられているそうです。

新たなパートナーシップで特に注目したいのが、BMWがアクセスする量子コンピューターのロードマップです。現在稼働中の「Helios(ヘリオス)」システムに続き、2027年には「Sol(ソル)」、2029年には「Apollo(アポロ)」が計画されており、BMWはこれら次世代システムへ順次アクセスしていく予定です。燃料電池のための研究に太陽と光にゆかりを持つ神々の名を冠した量子コンピューターを使うって、なかなか詩的ですよね。

現在の研究の焦点は、プラチナ触媒での酸素還元反応プロセスに的を絞った触媒化学研究だそうです。量子コンピューターの計算能力が向上するにつれ、コストの低下とエネルギー効率の改善が期待されているとか。もし研究が実を結べば、プラチナの使用量が減り、燃料電池のコストが下がり、より多くのドライバーが水素FCVに乗れる未来が近づくでしょう。

クルマの未来を変えるのは、ダウンサイジングターボでも電動モーターでもなく、「量子もつれ」かもしれないですねっ!