世の中には「畑違い」は、イギリスの建機メーカーJCBによく似合います。普段はショベルカーやバックホーローダーで地面を掘っている会社が、なぜか“地面の上をどれだけ速く走れるか”にも本気を出してくるという、なんとも面白い会社なのです。

そもそも水素で走る車の世界記録というのが、地味にややこしい状況になっています。FIA公認の「水素車」最速記録を持つのは、約487km/h(303マイル)を叩き出したベンチュリー・バックアイ・ブレット2。ただしこちらは水素を燃やすのではなく、燃料電池で発電して走るタイプです。

一方、「水素を直接エンジンで燃やして走る」という、より男前な方式の記録となると話が変わってきます。なんと22年も前、BMWが密かに打ち立てた記録がいまだに現役なのです。

その名はH2R。760iから流用した6.0リッターV12エンジンに手を加え、液体水素を燃やして285馬力以上を発生。フランスのミラマス試験場で風の影響を排除するため往復2回の平均で算出された公式記録は時速300.175km、片方の走行だけでは302.2kmまで到達していたというから、惜しいところです。

車重1,560kg、空気抵抗係数0.21という軽量・低抵抗ボディを、ミシュランの245/40 ZR19タイヤが支えていたとのこと。22年前のテクノロジーとは思えない仕上がりです。

そんな記録に満を持して現れた挑戦者が、JCBです。JCBが今回投入してきた「ハイドロマックス」、これがとんでもない代物です。なんと自社の油圧ショベルにも積まれている水素エンジンを、ほぼそのまま2基搭載。1基あたり800馬力、合計1,600馬力を四輪に伝達するという力技。全長は実に32フィート(約9.75m)という、もはや「車」と呼んでいいのか怪しいサイズの流線形ボディに押し込まれています。目標とする最高速度は、なんと350マイル超。BMWの記録を一気に2倍近く更新しようという、なかなか強気な数字です。

同車のステアリングを握るのが、これまた只者ではありません。アンディ・グリーン氏、英国空軍の元ウィング・コマンダーにして、現在も破られていない陸上速度記録約1,228km/h(763.035マイル)の保持者であり人類で唯一、陸上で音速の壁を破った男です。1997年にF-4戦闘機にも使われるジェットエンジンを2基搭載した「スラストSSC」でこの記録を打ち立てた彼が、20年前にはJCBの「ディーゼルマックス」のドライバーも務め、ディーゼル車として今なお破られていない約563.6km/h(350.092マイル)の世界記録も打ち立てた人物です。

肝心の挑戦本番は、今年8月。舞台はもちろん米ユタ州のボンネビル・ソルトフラッツで開催される「ボンネビル・スピードウィーク」です。面白いのは、本番がいきなり全力ではないという点。まずはSCTA主催のスピードウィークに、800馬力仕様より少し抑えた600馬力エンジン2基の状態で参戦し、その後の週でフルパワーの800馬力仕様に積み替えてFIA公認の世界記録に挑むという、なんとも段階を踏んだ慎重な作戦になっています。

本番に向けた英国・ケンブリッジシャーのRAFウィッタリングでの走行テストはつい先日終了したばかりですが、当初の177マイルから着実に速度を伸ばし、最終的には時速208マイル(約335km/h)に到達したとの報告が入っています。

走行スタイルもなかなかユニークで、まずV8エンジンを積むランドローバー・ディフェンダー・オクタに押し出してもらい、時速45マイルに達したところで自動的にクラッチが繋がり、グリーン氏による運転で加速していく仕組みです。テスト終了後、グリーン氏は「車は力強く仕上がっている」と手応えを語っており、チームの士気は十分に高まっている様子です。

普段は地面を掘ることに命をかけている重機メーカーが、本気を出すと“音速男”を雇って塩の平原を爆走する。なんともJCBらしい、規格外のロマンがここにあります。8月の本番が楽しみです。